分身ロボットカフェDAWN ver.β in Morioka
代表メッセージ
分身ロボットカフェDAWN ver.β in Moriokaは、「人類の孤独を解消する」を理念とし、テクノロジーで移動困難者のはたらく選択肢を豊かにするサービスを提供しているオリィ研究所と、「異彩を、 放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と福祉を起点に新たな文化の創出を目指すクリエイティブカンパニーであるヘラルボニーがコラボレーションする、キャラバンカフェの新たな展開となります。
キャラバンカフェ開催にあたって、両代表のメッセージを紹介します。
左:ヘラルボニーCo-CEO 松田 文登氏
右:オリィ研究所所長 吉藤オリィ
メッセージ
「心が自由ならどこへでもいけて、なんでもできる」
これは寝たきりだった私の親友の言葉です。
盛岡に生まれ、4歳で交通事故にあい頸椎損傷、28歳で亡くなるまでずっと寝たきり状態であった番田雄太との「もうひとつの身体をつくる」研究は、2013年冬、彼がSNSメッセンジャーでDMを送ってきたところからスタートしました。番田は顎を使ってPCを操作し、当時分身ロボットを作ったばかりの私に「力を合わせたい」とメールを送ってきたのです。
すぐに会いに行き、彼の意思の強さに驚きました。というのも私自身、昔病気で学校にも通えず、合計3年半ほど不登校の状態になり、孤独で全ての事に無気力になりかけていたからです。その時は本当に孤独で、自分はいない方がよいのではないかと本気で考えていました。
その経験から、身体が弱い人でも社会に参加できるように高校時代から車椅子を開発し、車椅子にも乗れない人の孤独を解消できないかと、「心の車椅子」であるOriHimeを作り始めたのです。3年半でも永遠に感じられるような辛い孤独を感じた中、番田雄太が過ごした20年以上の病院での寝たきりの人生と、それでも折れる事の無かった彼の意思に希望を感じ、2015年、私は彼を”OriHimeパイロット”として、かつ私の個人秘書として採用しました。番田は私と毎日遅くまで夢を語り合う仲間となり、彼は生まれて初めてお金を稼ぎ、そのお金で私に盛岡の寿司をご馳走してくれて、徐々に任される仕事を増やしていった番田は2017年に、その生涯を閉じました。
ある日に番田雄太と語った夢、「全人類生きていればいつか寝たきりになる。そうなっても孤独にならず、社会の一員として働き続けられる未来を作りたい。」それが、2016年から構想し、彼が亡くなった翌年の2018年に生まれた”分身ロボットカフェ”です。実験を重ねて2021年に常設となった分身ロボットカフェは、いまや100名を超える移動困難なOriHimeパイロット達が働き、新たな仕事を創りつづけています。
今回、創業期から志が近いベンチャーとして意見交換もしていたヘラルボニーさんのISAI PARKを会場に、番田の故郷である盛岡でこの”分身ロボットカフェ”を開催できる事を心から嬉しく思います。
私達は皆、いつかは健康ではなくなります。将来私達が困難に直面したとき、どんなキャリアを描けるでしょうか。どのように社会に参加し、必要とされていけばよいのでしょうか。
ぜひそんな目線で、一緒に当カフェを楽しんでいただけると嬉しく思います。
松田 文登氏 メッセージ
「心が自由ならどこへでもいけて、なんでもできる」
番田雄太さんのこの言葉は、私たちヘラルボニーが掲げる"異彩"の哲学そのものと感じました。
身体という境界を超えてなお、なお強く灯り続ける意思。それは人間の核心に触れる"光"であり、社会の側が見落としてきた尊厳そのものです。
盛岡という土地は、いのちの声に静かに耳を澄ませる街です。雪解けを待ち続ける忍耐も、誰かの孤独に寄り添う気質も、すべてが新しい文化の土壌になります。
この地で分身ロボットカフェが開かれるという事実は、「人はどのように働けるのか」「どのように社会とつながれるのか」という問いに対して、ひとつの決定的な希望を示す出来事です。
ヘラルボニーは、"できなさ"の中に宿る異彩を、未来の文化として信じています。オリィ研究所は、"身体の限界"を超えて働く自由の扉を開きました。その二つが番田雄太さんの故郷・盛岡で交わることは、偶然ではなく、必然の流れなのだと思います。
私たちは皆、いつか身体の自由を失うかもしれない。しかし、そのときに"孤独ではない未来"を、生きて迎えられるかどうか。その答えを、番田さんの生き方とオリィさんの挑戦は、確かに示してくれています。
どうか、このカフェを「人間の可能性の展示」として味わっていただけたらと思います。
誰もが、どんな状態でも、社会の一員として生きられる世界。その未来は、きっとここ盛岡から始まります。
